東京高等裁判所 昭和26年(ラ)7号 決定
一、当事者
抗告人 松原宏遠
右代理人弁護士 神道寛次
相手方 茅ケ崎市長 内田俊一
二、主 文
本件抗告を却下する。
三、理 由
本件抗告の要旨は、「抗告人は昭和二十三年九月六日出生の長女に「瑛美」という名をつけて同月十三日茅ケ崎市長に出生届を出したところ、茅ケ崎市長は右届出は戸籍法第五十條、戸籍法施行規則第六十條に反するから、昭和二十三年一月十三日司法省民事局民事甲第十七号通達によつて受理出來ないといつて戸籍簿にのせることを拒んだ。また抗告人は昭和二十四年十二月二十九日出生の次女に「玖美」という名をつけて昭和二十五年一月十一日茅ケ崎市長に出生届を出したところ、同市長は前記と同じ理由で受理を拒んだ。しかしながら、名のつけ方に制限を加えるのは、憲法によつて保障せられる基本的人権たる自由権の侵犯であり、憲法第二十一條の表現の自由の侵犯であるから、戸籍法第五十條は憲法違反の無効な法律である。かりにそうでないとしても当用漢字表戸籍法施行規則第六十條に引くところの当用漢字表はその「まえがき」に「固有名詞については法規上その他に関係するところが大きいので別に考えることにした」とあるので、將來固有名詞について当用漢字表が定められたときになつて、始めて、右規則第六十條は適用せらるべきものである。從つて茅ケ崎市長の前記不受理処分は不当である。また、名は親が出生兒に命名すれば生ずるのであつて、届出によつて生ずるわけではない。從つてすでに「瑛美」「玖美」とそれぞれ命名した以上これを届出るほかなく、もし、これと異る名をもつて届出て戸籍簿に記載されれば、公文書不実記載(刑法第一五七條)の犯罪となるから、これを受理しないのは不当である。よつて原裁判所にたいして、抗告人の前記各出生届を受理すべき旨茅ケ崎市長に命ずる旨の審判ありたき旨申立をしたところ、却下せられたから、右却下の審判を取消した上、相当の裁判を求める」というのである。
裁判の理由
名のつけかたについて文字を限定することは自由の制限であることは明らかである。だからといつて直ちに憲法に反するとはいわれない。憲法が国民に保障する自由は絶対無制限ではない。それは常に公共の福祉のために必要な制限に服するものであつて、憲法第十三條からもこれをうかがい知ることができる。この見解に反対して、もし、公共の福祉のための自由の制限を認めるならば、將來名を公共の福祉にかりて自由その他基本的人権に制限を加えることが行われ、憲法を空文ならしめるおそれがあるというものがある。眞に公共の福祉に必要な制限であるか否かは、憲法に適合するかしないかの問題である。名を公共の福祉にかりる制限は「一切の法律命令規則又は処分が憲法に適合するかしないかを決定する終審裁判所である」ところの最高裁判所によつて憲法に適合しないとして無効とせらるべきことが現行憲法のたてまえである。從つて「法律」によつて「臣民の権利」にどんな制限をも加えることができ、裁判所は法律にたいしては絶対服從を要求されていた大日本帝国憲法治下における「法律」のごとくに公共の福祉をおそれることはないのである。最高裁判所が識見の高い、かつ、決断の勇気ある裁判官によつてみたされるかぎり無用なとりこし苦労というものである。かかる最高裁判所をもちつづけることができるか否かは国民一般の心がけ如何によるのであり、憲法第十二條にあるとおり「この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によつて、これを保持しなければならない」のである。そこで問題は、名づけ文字を制限することは公共の福祉のために必要であるかである。名は名づけられる当人のものであると同時に社会のものである。かりに、人がはなれ島にひとりでくらすならば、名の必要はない。人は常に社会的生活をするものであり、社会生活上当人が自らを指示し、他人がその人を特定指示するに用うるためにあるのが名であつて、現代のごとく人間の数が多く交通機関、通信機関が進歩して、人間と人間の接触交渉が複雜多岐となつた社会においては珍奇難解な文字を用いた名は他人の利益を害する。たとえば、新聞官報その他印刷にあたり、名のためにのみ多数の活字を用意し、もしくは活字を作る設備をしておかなければならないという社会的不経済があり、モノタイプとかライノタイプを利用することを、不能ないしは著しく困難ならしめ、印刷の能率を害し、タイプライターの利用など書類作成の機械化をさまたげて、公私の事務処理の能率を害し、電信、電話、ラジオによる通信の能率を害し、かつ、まちがいをおこす原因となるなど、要するに社会生活の能率を害すること多大である。名づけられる当人以外の人々がめいわくするわけである。
奇名やむづかしい字を用いるものがあつたら、それで損をするものは当人だけだということはできないのである。人の名をつけることは、たとえば、箸のあげおろしのごとく純然たる個人の私事ではないのである。かようなわけであるから、名づけ文字をある範囲に制限することは公共の福祉のために必要であると認められる。從つて戸籍法第五十條によつて子の名には常用平易な文字を用いなければならないとし常用平易な文字の範囲は行政部をして命令で定めさせることとし、これにもとずいて、司法省が戸籍法施行規則第六十條を定め、これによつて、子の名に用い得る漢字を昭和二十一年十一月内閣告示第三十二号当用漢字表に掲げる文字に制限したことは、憲法のどの規定にも反するものではない。抗告人の憲法違反論は採用することはできない。
なお抗告人は当用漢字表まえがきを引いて、当用漢字表は固有名詞たる人名に関するものではないから、これによつて名づけ文字を制限したのは、違法不当だと主張するが、戸籍法施行規則に昭和二十一年十一月内閣告示第三十二号当用漢字表を引いたのは、戸籍法第五十條第二項による立法部から行政部への委任にもとずき、司法省が常用平易な文字の範囲を定め、かつこれを表示するにあたつて、個々の漢字をあげるに代えて当用漢字表を引用したにすぎない。当用漢字表を定めるにあたつて人名についてなんと考えていたかは関係のないことである。名づけ文字の漢字の範囲を当用漢字表記載の文字に限つたことが妥当であつたかどうか、別に名づけ用漢字を選定して施行規則にあげるのが相当ではなかつたか、などの論議は、右規則第六十條ができてしまつた以上、その効力にさしひびきのないことである。戸籍法第五十條による常用平易な文字として名づけに用いることをゆるされる漢字は前記内閣告示の当用漢字表にあげられる文字にかぎるのである(すでに右のとおり名づけ方について自由を制限されるのである。これに反する名をつけても適法な名即ち戸籍簿に記載すべき、いわば本名とならないのであるから、これと異る名をもつて出生届をしないからとて、刑法第一五七條の公正の証書原本不実記載の犯罪とならないことは明らかである。この点に関する抗告人の主張は理由がない。)。
よつてすすんで本件の子に名を用いようとする文字について考えるに、「瑛」「玖」のどちらも前記規則第六十條に掲げる文字のほかであることはもちろんなるのみならず、右二字とも人の名には時々見ることはあるけれども、国民一般の常用の文字ではないと認めるのが相当であるから、法律のゆるす範囲外にあることは明らかである。從つて抗告人の右の文字を用いた名をつけて出した前記の各出生届は違法の内容をふくむから、これを受理しなかつた茅ケ崎市長の処分は相当である。これにたいする不服申立をしりぞけた原裁判所の審判は相当であつて本件抗告は理由がない。よつて主文のとおり決定する。